2015年9月11日金曜日

19回目の神経衰弱/ローリング・ストーンズ


19th Nervous Breakdown

/19回目の神経衰弱




やってくる、やってくる、やってくる、やってくる
あんたの19回目の神経衰弱がやってくる、

Here it comes, here it comes, 
here it comes, here it comes
Here comes your nine-teenth nervous breakdown.

一度で脳裏に焼きつくフレーズが最高。作詞・作曲はミック・ジャガーおよびキース・リチャーズ。
ローリング・ストーンズのシャッフル・ビートのハイテンポなロック・ナンバー『19回目の神経衰弱』は英米ともにヒットチャート2位にランキングされた。



録音は1965年12月、アルバム全曲がストーンズのオリジナル曲で埋め尽くされた初のオリジナルアルバム『アフターマス』セッションの中で行われた。

(1)マザーズ・リトル・ヘルパー
(2)ステュピッド・ガール
(3)レディ・ジェーン
(4)アンダー・マイ・サム
(5)邪魔をするなよ
(6)ゴーイン・ホーム
(7)フライト505
(8)ハイ・アンド・ドライ
(9)アウト・オヴ・タイム
(10)イッツ・ノット・イージー
(11)アイ・アム・ウェイティング
(12)テイク・イット・オア・リーヴ・イット
(13)シンク
(14)ホワット・トゥ・ドゥ

リリースは翌年1966年。アルバム『アフターマス』はイギリス1位、アメリカ2位になった。



しかし『19回目の神経衰弱』は『アフターマス』に収録されず、同じ1966年にストーンズ初のコンピレーション・アルバム『ビッグ・ヒッツ (ハイ・タイド・アンド・グリーン・グラス)』に収録、アメリカでは3月、イギリスでは11月に発売された。
  1. コンピレーション‐アルバム(compilation album)
    compilationとは編集の意味でもともと別のアルバムに入っていた曲などを、一定の意図に基づいて集めて作るアルバム。 あるミュージシャンの代表的な曲を集めたものや、あるジャンルのヒット曲集、特定のテーマや雰囲気を持った曲を集めたものなど。
    『ビッグ・ヒッツ (ハイ・タイド・アンド・グリーン・グラス)』は、初期のシングル・ヒットを中心に収録したストーンズ初のベスト・アルバム(US編集)。
    「サティスファクション」「一人ぼっちの世界」「ハート・オブ・ストーン」など若きジャガー&リチャードの名曲や、「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」(ギターで始まるヴァージョン)「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ」など秀逸のカヴァー曲が収録されている。




『19回目の神経衰弱』は、爆発的なヒットとなった「サティスファクション」に続く世界的大ヒットとなった。さらに、この後、ブライアン・ジョーンズのシタール演奏がきらめく「黒くぬれ!」が続き、不動のモンスターロックバンドの地位を築いた。

ローリング・ストーンズは1962年4月のロンドンで、ブライアン・ジョーンズ(ギター、ハーモニカ)をリーダーに、イアン・スチュワート(ピアノ)、ミック・ジャガー(リードヴォーカル、ハーモニカ)、さらに、ミック・ジャガーの幼馴染キース・リチャーズ(ギター、ボーカル)を加えて結成した。その後間もなくベーシストのビル・ワイマンとドラマーのチャーリー・ワッツが参加した。シカゴブルースの巨匠、マディ・ウォーターズの"Rollin' Stone”にちなんで、当時リーダーであったブライアン・ジョーンズが思いつきで名付け親となった。

「19回目の神経衰弱」とは、アメリカでの長いコンサートツアーの意味だという。



『19回目の神経衰弱』

19th Nervous Breakdown
(Jagger/Richards)

The Rolling Stones


You're the kind of person 
You meet at certain dismal dull affairs.
Center of a crowd, talking much too loud 
Running up and down the stairs. 
Well, it seems to me that you have seen too much in too few years. 
And though you've tried you just can't hide 
Your eyes are edged with tears. 

You better stop
Look around 
Here it comes, here it comes, here it comes, here it comes
Here comes your nine-teenth nervous breakdown.

When you were a child 
You were treated kind 
But you were never brought up right.
You were always spoiled with a thousand toys 
But still you cried all night. 
Your mother who neglected you
Owes a million dollars tax. 
And your father's still perfecting ways of making ceiling wax. 

You better stop, look around 
Here it comes, here it comes, here it comes, here it comes 
Here comes your nilne-teenth nervous breakdown.

Oh, who's to blame, that girl's just insane.
Well nothing I do don't seem to work,
It only seems to make matters worse. Oh please.

You were still in school 
When you had that fool 
Who really messed your mind. 
And after that you turned your back 
On treating people kind. 
On our first trip
I tried so hard to rearrange your mind. 
But after while I realized you were disarranging mine.

You better stop, look around 
Here it comes, here it comes, here it comes, here it comes
Here comes your nine-teenth nervous breakdown.
Here comes your nine-teenth nervous breakdown 
Here comes your nine-teenth nervous breakdown 







2015年8月27日木曜日

AFTER THE GOLD RUSH /NEIL YOUNG

AFTER THE GOLD RUSH
NEIL YOUNG


戦いし者、汝の名はーーーー。
男の詩が聴こえてくる。


アフター・ザ・ゴールドラッシュは、
人生の大半の課題を歌って人の心に忍び込むアルバム。


力むことなく歌いかける。憂いを含んだ声を聴くと、「そうだよね。人生いろいろあるね。でも、いいことだってあるさ」と呟きながら、世界中で男が涙を流したアルバム。

アメリカの田舎のバーで男たちが立って飲む前に、マイクを持った男が現れて、カラオケで気持ちを込めて歌う。気持ちは演歌そのもの。

別れ際に「ありがとうミスター、その笑顔を忘れないで」と握手と拍手。
肌の色が違っても、流れてる気持ちは同じ。
そんなとき、このアルバムはドンピシャでハマります。

何度聴いたかわからないと言う人が多いでしょう。





母なる自然をごらん。<アフター・ザ・ゴールドラッシュ>

そうさ、君の心を引き避けるのは愛だけだ。<オンリー・ラブ>


アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ(After the Gold Rush)には、次の曲が収録されています。
ニール・ヤングが1970年に発表した3作目のソロ・アルバムです。

1. テル・ミー・ホワイ
2. アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ
3. オンリー・ラヴ
4. サザン・マン
5. やがて朝が…
6. オー・ロンサム・ミー 
7. ブリング・ユー・ダウン
8. バーズ
9. アイ・キャン・リアリー・ラヴ
10. アイ・ビリーヴ・イン・ユー
11. 壊れた渡し船

『ローリング・ストーン』誌が選んだ「オールタイム・ベスト・アルバム500」では、74位にランキングされている名盤です。

ニール・ヤングはバンクーバーオリンピックの閉会式では、カナダ代表のミュージシャンとして登場、喝采を浴びました。

余談ですが
「私はこれまで毎日列に並んでラテを買ってきたが、昨日が最後になった」とスターバックス不買宣言をしました。その理由はスターバックスが遺伝子組み換え食材の表示を拒否した結果になったからです。

アメリカでは遺伝子組み換え産業が巨大な力で米国政府に圧力をかけていることもあり、遺伝子組み換え食品の表示が義務付けられていないため、アメリカの消費者はこれまで選ぶ権利がなかった。これに対しアメリカの消費者の間でも、遺伝子組み換え食品に表示を求める声は年々高まり、2014年に入ってからは、大きな問題になっていました。

バーモンド州は、「遺伝子組み換え食材の使用の有無」を記す制度を条例化しました。

これに対して、アメリカのバイオ化学メーカー・モンサントが訴訟を起こしました。このモンサントの訴訟にスターバックスが加わっていることに対し失望。

ニール・ヤング自身、スターバックスの経営方針に共感を持っていました。
「スターバックスはこれまでLGBT(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender)や労働条件について進歩的であった」を高く評価をしていたので、だからこそ「最たる悪党であるモンサントと組んでいることに失望した」としてニール・ヤングは不買宣言をしたのです。
ただし、これはアメリカでの話で日本ではどうか定かではありません。

2015年8月23日日曜日

マジカル・ミステリー・ツアー / ビートルズ



マジカル・ミステリー・ツアー 
/ ビートルズ


『マジカル・ミステリー・ツアー/Magical Mystery Tour』はビートルズの失敗作として有名であり、ビートルズを知る上で貴重な作品である。

1967年8月27日にマネージャーのブライアン・エプスタインが薬物の過剰摂取によって急死。
ここまでグループを束ね引率してきたまとめ役がいなくなったことに危機感を抱いたポール・マッカートニーが中心になって初めて自分たちで取り組んだプロジェクト。

『マジカル・ミステリー・ツアー』のコンセプトは、ビートルズと愉快な仲間たちが観光バスに乗り込んで予測できない「マジカル」な冒険の旅を楽しむというコンセプトで制作された。



しかし、なにぶんにもブライアン・エプスタインが関わらない作品である。まとめ役のいないアナーキーなプロセスで制作された映画は「マジカル」なことが起こらないまま終了する展開となり、評論家からも不安からも悪評しか得なかった。

1967年にイギリスでBBC oneが放送したが非難され、アメリカではABCが放送中止。結局1976年に深夜枠での放送にとどまった。

しかしサウンドトラック盤は好評を博し、ヒットチャート最高位2位まで昇りつめた。このときの1位は<ハロー・グッドバイ>

アメリカでリリースされた「サウンドトラックアルバム」はA面に全6曲を収録。B面にアルバムに収録されていないシングル曲5曲を収録してリリース。イギリスではA面のみをEP盤でリリースされた。

マジカル・ミステリー・ツアーの歌詞 

現在のCD盤はアメリカ盤を使っている。

しかし、この混乱期に作られたアルバムをビートルズの作品として「名盤」と認識している人は少ないでしょう。なんとなくスッキリしないイメージがします。



アナログA面

1 マジカル・ミステリー・ツアー
      - Magical Mystery Tour

2 フール・オン・ザ・ヒル
     - The Fool On The Hill

3 フライング - Flying

4 ブルー・ジェイ・ウェイ
      - Blue Jay Way (Harrison)

5 ユア・マザー・シュッド・ノウ
      - Your Mother Should Know

6 アイ・アム・ザ・ウォルラス
      - I Am The Walrus ("No You're Not!" said Little Nicola)

アナログB面

1 ハロー・グッドバイ - Hello Goodbye

2 ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー
      - Strawberry Fields Forever

3 ペニー・レイン - Penny Lane

4 ベイビー・ユーアー・ア・リッチ・マン
      - Baby You're A Rich Man



5 愛こそはすべて
      - All You Need Is Love


2015年5月22日金曜日

I Can't Explain /アイ・キャント・エクスプレイン




アイ・キャント・エクスプレイン / THE WHO


「けいおん」にでてきたおかげで知らない世代もTHE WHOを知った。

THE WHO が1964年にアメリカでシングルリリースしたアイ・キャント・エクスプレイン/
I Can't Explain

意味は「説明できない」

説明できないことをすでに知っているのは幸福だ。

感じることができるって素晴らしい。

いつの間にか歌詞が曲やパフォーンマンス以上に重みを持った。
それは人間にとって幸福なことではない。

ポエムがポエムでなくなり、ロックがロックでなくなった日が来る前に、


<アイ・キャント・エクスプレイン>は2分5秒で伝えたいことを伝えた。

伝えたいことがある人間は強い。

ボブ・ディランが<ライク・ア・ローリングストーン>で6分も必要とする以前の数か月前のことだ。

自分の成長を知りたい人に、ボブ・ディランは目安になった。

THE WHO は<アイ・キャント・エクスプレイン>で歌い終わった後に、完璧で甘美なギターソロで混沌を伝えた。混沌のなかにありながら思うことの能力を肌で知ることができる人間だけに伝えることができた。

Billboard Hot 100でもチャート・インを果たしたものの、最高93位に終わっている(イギリスでは8位にチャートインした)






2015年5月15日金曜日

Flip, Flop, & Fly / フリップ・フロップ・アンド・フライ




Flip, Flop, & Fly/
フリップ・フロップ・アンド・フライ

ブルースブラザーズも取り上げていたクラッシック・ロックンロール・ナンバー。

オリジナルは、R&Bチャート1位を記録した「シェイク・ラトル・アンド・ロール」でおなじみのビッグ・ジョー・ターナー(Big Joe Turner、1911年5月18日 - 1985年11月24日)

"The Boss of the Blues"ビッグ・ジョー・ターナーはアメリカのブルース・シンガー。身長182cm、体重136キロという巨漢を活かして叫ぶ様に歌う、デビュー当時からスウィングしてブルースを歌うスタイルは一貫していて、シャウト・ブルースというジャンルのブルースを作り上げた一人。74歳で心臓発作で死去。ロックの殿堂入りを果たしている。

『ワークス・オブ・エルヴィス』では次にように紹介されている。

「シェイク・ラトル・アンド・ロール」のビッグ・ジョー・ターナーが、55年R&Bチャートで2 位まてランク・アップさせた50年代中期の典型的なロッキン・リズム・ナンバー。実際はジョー・ターナーの自作でルー・ウィリー・ターナーはジョーの妻の名前。ジョニー・レイやピル・へイリ一、パット・ブーン、ジェリー・リー・ルイスもカヴァーしている。

エルヴィスは56年1月のステージ・ショーで、「シェイク・ラトル・アンド・ロール」のエンデイングとしてこのナンバーを取り入れており、そのライブ・パージョンは映画『ジス・イズ・エルヴィス』でも楽しめる。



74年にリリースされたアルバム「エルヴィス・ライブ・イン・メンフィス」でのロックンロールメドレーでは<フリップ・フロップ・アンド・フライ>を観客の興奮ぶりとともにエルヴィスのノリに乗ったパフォーマンスが楽しめる。エルヴィス・プレスリーは<ママはダンスを踊らない>と<監獄ロック>の間に挟んで熱唱している。







2015年4月9日木曜日

大瀧詠一のジュークボックス~ワーナーミュージック編


大滝詠一が生前、自宅で愛用していたジュークボックスに入れられていた洋楽オールディーズ楽曲を集めたコンピレーションアルバム。
『大瀧詠一のジュークボックス』として、レコード会社3 社から3 タイトル同時発売。

これは大瀧詠一のジュークボックス~ワーナーミュージック編

監修・特別寄稿:亀渕昭信
解説:萩原健太
ジャケット・デザイン:中山泰
企画・制作:ザ・ナイアガラ・エンタープライズ
歌詞・対訳付き


1. 内気なジョニー (Mono)
2. 避暑地の出来事 (Mono)
3. ワン・ボーイ (Mono)
4. 夏の思い出 (Mono)
5. 悲しきテレフォン・デート (Mono)
6. アイ・ウィル・フォロー・ヒム (Mono)
7. 涙のウエディング・マーチ (Mono)
8. ポエトリー・イン・モーション (Mono)
9. 悲しき雨音 (Mono)
10. レット・ミー・ビー (Mono)
11. 悲しき北風 (Mono)
12. 恋の雨音 (Mono)
13. ハニー・ラヴ (Mono)
14. メランコリー (Mono)
15. ビー・マイ・ベイビー (Mono)
16. プリーズ・ドント・プリテンド・アゲイン (Mono)
17. ハヴ・アイ・ザ・ライト (Mono)
18. イズ・イット・ビコーズ (Mono)
19. アイル・クライ・トゥモロー (Mono)
20. ナイス・ホワイル・イット・ラステッド (Mono)
21. ワンス・ユー・ノウ (Mono)
22. 朝からゴキゲン (Mono)
23. ユア・ハンド・イン・マイン (Mono)
24. ハートがドキドキ (Mono)
25. シルエッツ (Mono)


2014年11月16日日曜日

花開くカウンター・カルチャー




アメリカには世界有数の消費社会だが消費文化に対する対抗する文化(カウンター・カルチャー)が途切れることなく根強く流れている。

善良な人々が自分達の土地から追い出され、路上で放浪させられて、飢えに迫られていく。故郷を捨て自分達の進む道をカリフォルニアに見出そうとする。

1957年に公表されたジャック・ケルアックの「路上 (ON THE ROAD)」は51年に書き上げられていた。しかし公表されたのはロックンロール全盛の57年になってからだ。


ロックの過激さがビート族にもスポットライトをあてた。

ティーン・エージャーなる新しい言葉もロックンロール時代に誕生したマーケティング用語で、10代は市場のターゲットになった。

<花開くカウンター・カルチャー>

ジョン・レノンが「エルヴィス以前にはなにもなかった」と語ったが、エルヴィス登場によって一気にカウンターカルチャーの花が咲いた。






プログラム・ピクチャー








その1年前、1956年、日本では石原慎太郎の「太陽の季節」が出版され、芥川賞を受賞。創設間もない日活映画によって映画化された。

その時、風俗アドバイザーとして製作に関わった石原裕次郎が脇役で出演。そのインパクトを買われ「狂った果実」で主演。またたく間に、日活を代表するスターとなった。

この当時、邦画五社(東宝、松竹、東映、大映、新東宝)は、協定を結んでいた。俳優とは専属契約を交わし、無断で他者作品に出演できないようにしていた。

同時に自社作品を公開する劇場とも契約を交わし、他社作品を公開しないように契約していた。

これらから、契約劇場には、作品を提供し続けなければならず、量産体制をとっていた。

これがプログラム・ピクチャーと呼ばれるシステムだった。毎週自社のスターを主演に使い2本の作品を提供し続けた。1958年には年間500本以上の作品が製作され、入場者数も11億人を超えていた。

量産による駄作も多かったが、抑えられた費用と撮影期間で、名作も数多く製作された。
それはプロフェッショナルの意地が輝いた作品といえるだろう。そこからカルト映画もたくさん誕生した。

しかしテレビが過程に浸透するとともに映画は衰退をたどった。



音楽 J-POPS 椎名林檎
ロックンロール、ブリティッシュサウンド、フォークなど、その時々にアメリカン・ミュージックが輸入され、また日本ナイズされてきた。

J-POPSの最初のヒーローは加山雄三だっただろう。英語が堪能で最初のアルバムは全曲英語で創って歌われいた。やがて日本語の歌詞がつけられ、大ヒットした。日本語で歌われた国産ポップスのはじまりだった。東京オリンピックの頃だ。


その後荒木一郎など多彩な才能がヒットチャートを飾ったが、そのほとんどは、それまでの音楽業界以外からのアプローチだった。



それらは日本の音楽会の基礎となった。やがてアメリカ留学をした竹内まりや など希有な才能が登場した。

以後、 ブランキー・ジェット・シティ、椎名林檎、多彩なジャパニーズ・ポップスが登場しているが、 常に日本語との戦いであるといえる。それゆえの楽しみでもある。