2017年5月4日木曜日

花のサンフランシスコ

San Francisco / Scott McKenzie




1966年夏、アメリカ西海岸沿いの観光地、モンタレーで行なわれたロックをメインにした大規模な野外コンサート『モントレー・ポップ・フェスティバル』のプロモーション用楽曲「花のサンフランシスコ」は、パパス・アンド・ママスのスコット・マッケンジーによってに作られ、全米ヒットチャート4位にランキングされるヒットになった。

”サンフランシスコでは誰もが髪に花を飾る”と歌われた。
花は反戦の象徴として用いられ、男女問わず若者たちの間で着飾ったりされフラワーチルドレンと呼ばれた。

サマー・オブ・ラブ」と呼ばれたヒッピー・ムーブメントの真っ只中で行われたモントレー・ポップ・フェスティバルには30組以上のミュージシャンが出演し、20万人以上の観客を動員した。
これが現在のロックミュージシャンのコンサート、ロック・フェスティバルの原型になった。

ジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスはこのコンサートで知名度と人気を得た。
しかし、モントレー・ポップ・フェスティバルの出演者はロック系に限定されてはおらず、ジャズ系、フォーク系、民族音楽系などのミュージシャンも出演した。

モントレー・ポップ・フェスティバルでは、参加ミュージシャンが口々に「愛と平和のためだった」と語っているが、実体はなにもない。

コンサートで知り合ったミュージシャンはドラッグの情報交換と平和を混同していたかのようだが、特筆すべきは、ロックが社会状況と結びついたことだ。

ケネディ大統領暗殺に端を発し、ベトナム戦争、ロバート・ケネディ暗殺、キング牧師の公民権運動、キング牧師暗殺、マルコムX暗殺と闇の時代に突入していた。

1965年はケネディ大統領突然の死を受け大統領後継していたジョンソン大統領が選挙で選ばれた年であり、ベトナムへ本格介入した年。
ボブ・ディランがLike A Rolling Stone(「転がる石のよう」)をリリースしたのは、1965年7月のことだ。

どんな気がする
どんな気がする
ひとりぼっちになり
家も失い
誰にも知られぬ
転がる石のよう

Like A Rolling Stone>からは、明るく楽しいアメリカをもう感じることはできない。ビート族の心配がそのまま反映されたような内容だ。

1965年10月に急遽制作に取り掛かかり、12月にリリーズされたのが、ビートルズの「ラバーソウル」だ。このアルバムはそれまでのビートルズと様変わりした最初のアルバムだった。

この不安な時代、価値観の変化に乗って
「花と平和(LOVE and PEACE)」は広がった。モントレー・ポップ・フェスティバルが開催され、「花のサンフランシスコ」はヒットした。

このヒットによって「花」は愛と平和の代弁者になり、日本でもグループサウンズの雄、タイガースが「花の首飾り」をヒットさせた。
この翌年、1967年に「ローリング・ストーン」誌が刊行された。

ローリング・ストーンの名前の由来はイギリスのロックンロールバンド”ローリング・ストーンズ”が黒人ブルースマン”マディ・ウオーター”の楽曲「ローリング・ストーン」から引用したのと同じだ。

「ローリング・ストーン」誌は”愛と平和”の代弁者となったロックと社会問題を報道し続けた。ロックが社会状況と結びついた最大の要因と言える。